エミール・ノルデー水彩画の巨匠たち



Emil Nolde(1867−1956)

エミール・ノルデはドイツ表現主義を代表する画家です。また、彼は油絵のほかに膨大な数の水彩画を残しており、20世紀を代表する水彩画家とも呼ばれています。

ドイツ表現主義とは、expressionismと表記されるように、impressionism(印象派)と対立する運動です。20世紀初頭のドイツが中心で、ノルデのほかに、マッケや初期のカンディンスキーなどもこの潮流の一員でした。

印象派は光と形態が画家の目にもたらす印象を画面に定着させようとしました。その意味では具象的な絵をめざしたといえます。これに対し表現主義は、人間の内面に重きを置き、人間の内面と感情を形に表そうとした運動といえます。その結果、この流派の作品は情緒性が強く、観念的に傾く度合いが強いものでした。抽象絵画は、こうした流れの中から育ってきたといわれています。

ノルデは本名をエニール・ハンセンといい、北部ドイツ・シュレスヴィヒ地方のちいさな町ノルデに生まれました。後にこの町の名を自分の姓として通したのです。青年時代は木彫装飾師としてスタートし、スイスのデザイン学校で装飾技術を教えたりしています。彼の晩年の作品には、太い線を強調したイラスト風のものが目立ちますが、この時代の経験が生かされているのかもしれません。

ノルデが絵を学び始めるのは31歳以後のことです。ゴッホの作品に感銘を受けたりしながら、表現主義のグループ(ブリュッケ)に加入しますが、生来人付き合いが嫌いだったため、次第に孤立するようになります。初期の時代を代表する作品は宗教に題材をとったもので、キリストの像を熱心に描いています。
故意にゆがめられた形に絵の具を厚塗りし、強い情動を感じさせる作品群です。

ノルデは、1921年以降は、シュレスヴィヒのゼービュルにあるちいさな農場に妻と二人で住み、世間から隔絶した生活を送るようになります。1934年にナチスが政権をとると、その熱心なメンバーになりました。ノルデ生涯の汚点というべき出来事です。しかし、1941年には、そのナチスによって「堕落した芸術家」という烙印を押され、一切の創作活動を禁止されるにいたります。その時代、彼は15×25cm以下の小さなサイズの紙に、素描と水彩だけによる作品を描きつづけました。世に「未彩色の作品群」と呼ばれるものです。戦後89歳で亡くなるまでの間、ノルデはこれらの小品をもとに、大きなサイズの油絵を描くなどの活動を細々とつづけました。


            

上の絵は、1909年の作品「キリストの頭」です。この当時、ノルデは聖書に題材をとった大作を描いていました。キリストの像も描いています。この作品はおそらく自画像と思われますが、強いデフォルメによって、表情は抽象的なものになっています。白い空白の部分と対比された暗色のストロークが絵にインパクトを与えており、ノルデの初期における表現派的手法をよく物語る作品です。
 

            

1920年の女性像。彼の妻を描いた作品と思われます。この頃のノルデの絵は、彩度の高い絵の具を厚塗りするものが多く、ウェット・イン・ウェットを貴重にしながら、ところどころエッジを利かせています。彼のもう一つの側面である絵の暖かかみが伝わってくる作品です。


            

1930年に描かれた花の絵です。ノルデは妻と共にゼービュルの農場に隠棲して以来、北欧の自然や海の景色を描き続けましたが、同時に、自ら育てた花の絵を好んで描きました。それらの作品は、明るいうちにも暖かみのあるものが多く、北欧の光を感じさせるものです。ゴッホの植物画に比肩されるともいえるこれらの作品群は、今日のノルデ評価のなかでも、最も人気のあるものです。

          
          

ノルデの風景画には抽象的なものが多く、その評価には意見が分かれるところです。彼は風景を目前にして、それを多かれ少なかれ再現するという伝統的な手法にとらわれていません。彼の風景には輪郭というものがなく、渾然とした色のせめぎあいが、形というものを圧倒しています。

ノルデは和紙を愛し、この非常に吸収性の強い紙に、たっぷりと水を含んだ絵の具をしみこませます。時には偶然筆から落ちた絵の具のしずくが画面にしみを作ることもありますが、ノルデはそんなことは気にかけず、画面全体から発散する雰囲気のようなものを尊重します。

1943年に描かれたこの絵などは、その典型をなすものです。


              

最晩年に描かれた女性像です(1953年)。ノルデの最晩年の作品には、このように太い線を強調するものが多く見られます。1910年代ニューギニアへ旅行した折に見かけたプリミティヴな芸術への感動が、よみがえってきたのかもしれません。




                         


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