ラファエル前派ー水彩画の巨匠たち



Pre-Raphaelites

19世紀の中頃、ヴィクトリア時代のイギリスに、ラファエル前派といわれる美術運動が起こりました。ローヤル・アカデミー付属美術学校の学生だったウィリアム・ホルマン・ハント、ジョン・ミレイ、ダンテ・ガブリエル・ロゼッティらが1848年に結成したPre-Raphaelite Brotherhoodという結社を中核にした美術運動です。

彼らの意図は当時の美術界を支配していた古典的な様式美に対する挑戦でした。ラファエルはこのような様式主義の典型と考えられていたため、ラファエル以前の素朴な姿に立ち帰れと訴えることによって、絵画の革新を目指したものです。ジョットを始めとした15世紀のイタリア絵画を模範として、斬新な画風を展開し、その後の絵画の流れに一定の影響を及ぼしました。

彼らの作品に共通する特徴は、
・ 中世の伝説やシェークスピア作品などの文学に取材したものが多い
・ 細密描写が特色であり、遠近感にこだわらない
・ 明暗対比により光と影を強調するロマンティシズム絵画と異なり、画面に均等に光があたっているような描写が多い
一言で表現すれば、装飾的な色彩が強い画風だといえます。

Pre-Raphaelite Brotherhood は1853年に解散し、運動は次第に求心力を失いますが、19世紀の後半に至っても、バーン・ジョーンズのように運動に共感する画家を輩出し、ヴィクトリア時代を通じて多くの共鳴者を生み続けました。


Dante Gabriel Rossetti(1828-1882)


ラファエル前派の理論的、実践的リーダーはダンテ・ガブリエル・ロゼッティです。彼はイタリア人の芸術家の家系に生まれ、イギリスで活躍しました。日本では夏目漱石が紹介したこともあって、詩人としての方が有名ですが、絵画においても、文学作品に取材した装飾的な画風の絵を多く残し、今日でも多くのファンがいます。


        

上の絵は、中世のアーサー王伝説に取材した作品「アーサーの墓」(1854)です。
遠近法を考慮しないフラットな構図に、彩度の高い絵の具で着色しており、ジョットのフレスコ画を強く意識しているといわれます。


              

ラファエル前派の画家たちが一様に好んで描いた題材として、「ハムレット」のヒロイン・オフェリアがあげられます。ミレイの描いた「水に流されるオフェリア」のイメージはとりわけ有名です。

上は、ロゼッティの作品「最初の発狂」(1864)です。これも、遠近法を考慮せず、精神的な雰囲気を大事にしています。


William Holman Hunt(1827-1910)


ホルマン・ハントはラファエル前派の解散後も、その精神を生涯を通じて貫いた画家とされます。自分の外貌にコンプレックスを抱いていたとされるこの画家は、売春婦を妻にして自分の絵のモデルにしましたが、妻はアトリエで夫のためにポーズをとるより、別の男を追いかけるのに熱中したと伝えられます。

ハントの絵の特色は、遠近法の無視、色彩の鮮やかさ、細密画的な詳細さ、といったことで、ラファエル前派の特徴をもっともよく発揮しています。


         

上の絵は、ハントの1883年の作品「りんごの収穫」です。
自然を背景に家族を配した絵はヴィクトリア時代に好まれた構図ですが、ハントはこれを、独自のタッチで描きあげました。


John Ruskin(1819−1900)


ジョン・ラスキンはヴィクトリア時代を代表する思想化及び美術批評家として知られています。また自身絵画を制作しています。その画風をラファエル前派に含めることは妥当でないかもしれませんが、少なくとも理論上はラファエル前派の後ろ盾となりました。

ラスキンの主張は「自然をありのままに再現すべきだ」というものでした。一見ラファエル前派の作風に合致しないようにも思われますが、ラファエル前派が没頭した細密画的な描写のうちには、自然をありのままに再現しているのだという自覚も含まれていたのです。

ラスキンは変わった性格だったらしく、それがもとでホイッスラーとの間に激しい争いを引き起こしています。また、尻軽だったらしい妻を弟子格のバーン・ジョーンズに寝取られるなど、芸術以外の分野では決して恵まれた生涯をおくったとはいえなかったようです。


           

上の絵はラスキンの1857年の作品「キリークランキー峠」です。当時流行したボディカラーを多用して、細密画的な描写を繰り広げています。


Edward Burne-Jones(1833-1898)


ラファエル前派は、解散後も多くの若い画家をひきつけましたが、それらのなかで最も有名なのはエドワード・バーン・ジョーンズです。かれは、ラファエル前派の特徴をことごとく自分のものとし、ある意味でもっともラファエル前派的な作風を展開した画家といえます。


                 

上の絵は、バーン・ジョーンズの1860年の作品「シドニアの肖像」です。
フラットな画面構成の中にも、視覚に強く訴えかける画風は、ラファエル前派のもっとも完成された形であるといえましょう。






東京を描く水彩画水彩画の巨匠たち