John Singer Sargent(1856−1925)


ジョン・シンガー・サージェントは、ホイッスラーホーマーより一世代後のアメリカ人画家です。19世紀末から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパを舞台に活躍しました。この時期は、印象派から後期印象派を経て様々な絵画の運動が展開された時期ですが、サージェントは伝統的な手法によって、人物の肖像画を描き続けました。そのため、最後の肖像画家といわれています。

サージェントはまた、夥しい数の水彩画を残しました。それらの殆んどはリアリズムの作品ですが、油彩の肖像画とは別の趣を感じさせるものであり、今日では英米を中心に、肖像画以上に高い評価を受けています。

サージェントは裕福なアメリカ人医師の子としてイタリアのフィレンツェで生まれました。少年時代、母の手ほどきで水彩画を学ぶ一方、父の命によりヨーロッパ中を放浪して歩いたといいます。フィレンツェの美術学校で学んだあと、18歳でパリの美術学院に入り、肖像画家カロリュス・デュランの指導を受けます。デュランはヴェラスケスの心酔者で、サージェントにもヴェラスケスの画法を徹底的に仕込みました。このためサージェントの肖像画作品は、ヴェラスケスやレンブラントの強い影響をうかがわせます。

サージェントは1884年のパリの展覧会に「マダムX」という作品を発表してセンセーションを巻き起こしました。しかしこのセンセーションはスキャンダルに発展し、サージェントはパリにいられなくなりました。このため、ヘンリー・ジェームズのアドバイスに従ってロンドンに移り、かつてホイッスラーが住んでいたアトリエに本拠を構え、生涯をそこですごすようになります。

肖像画家としてのサージェントの名声はヨーロッパ中に広がり、夥しい注文が舞い込みました。それらの中には、スティーヴンソンの肖像画やアグニュー夫人など、芸術性にとんだ作品も含まれています。かれはまた、アメリカ大統領の肖像画を描いたりもしました。

サージェントの代表作はいづれも古典的な手法のものですが、一時期モネとの交流を通して、印象派の手法を取り込もうとしたこともあります。そのモネを描いた作品には、新しい雰囲気があふれていますが、一時的なものにとどまりました。そのため、同時代の批評家からは、時代遅れとの評価をされるようにもなりました。

サージェントは少年時代から生涯にわたり水彩画を描き続けましたが、1907年以降は、肖像画をやめて水彩画に没頭するようになります。少年時代の放浪の記憶がよみがえったように、サージェントは様々な場所を旅行しては、風景をスケッチし続けたのです。


              

上の絵は1,883年の作品「ゴトロー婦人」です。ゴトロー婦人とは「マダムX」のモデルとなったヴィルジニーのことで、サージェントはほぼ同じ時期に、油彩、水彩の双方で彼女を描きました。油彩のほうは、ヴェラスケス流に、激しい明暗対比の中に、女性の官能的な姿を浮かび上がらせていますが、水彩で描いたこの絵は、のびのびと女性の美しさを表現しています。サージェントは、このように、油彩、水彩それぞれの特性を生かしながら、両方の表現手段を使い分けました。


          

1904年の作品「サンタ・マリア聖堂」  ヴェニスはサージェントにつきせぬ素材を提供した町でした。19世紀の中ごろには沈下の危機が叫ばれるようになったこの町を、サージェントは繰り返し訪れては、多くの風景画を描いています。サージェントの水彩画の特色は、ウェット・イン・ウェットでおおまかな明暗配分を行った後、紙が乾くのをまって、細部を仕上げるというもので、製作は非常にスピーディであったといいます。


          

1910年の作品「ガーデン・ウォール」  1907年以降、サージェントは油彩画をやめて水彩画に没頭するようになります。それらの大部分は風景画と、身近な人々をスナップショット風に描いたものです。この絵もそうした作品のひとつで、人生のある瞬間における人物の動作が生き生きと描かれています。


          

1911年の作品「サンプロン峠」  ヴァガボンドな少年時代を送ったサージェントは、老年に及んで、つかれたように旅行や登山を楽しむようになります。そしてそのたびに、膨大なスケッチを残しました。普通の人が旅の思い出を日記にしたためるように、彼はスケッチを残したのだといわれます。この絵もそうしたスケッチの一つです。ジュネーヴとイタリアを結ぶサンプロン峠は、19世紀以降、風景画の定番になっていました。サージェントはこの峠を前にして、ほかの画家のように、雪を戴いた山々を描くのではなく、同行の人々の瞬間の表情を描きました。絵の中の二人の女性のうち、ひとりは彼の姪ローズ・マリー、もう一人は「カーネーション・リリー・リリー・ローズ」の中で描かれた少女ポリーの20年後の姿だとされています。サージェントの人間への共感が伺われる絵です。


          

1917年の作品「どろんこのワニ」  アメリカ水彩画の伝統に野生動物の絵があげられます。雄大な自然とそこに生きる野生動物たちが画家たちのインスピレーションを駆り立てたのでしょう。サージェントもアメリカ・アリゲーターの絵を残しています。





       


            東京を描く水彩画水彩画の巨匠たち

                        

ジョン・サージェントー水彩画の巨匠たち