Winslow Homer(1836−1910)


ウィンズロー・ホーマーはアメリカ絵画史上最も著名な画家として、またアメリカ水彩画の伝統を確立した人物として高く評価されています。とりわけホーマーの水彩画は自然と人間を生き生きと描き、今日に至るまでアメリカ水彩画を特徴付けるヒューマンなリアリズムを高度に展開しています。

少年時代のホーマーは、画家であった母親に絵の手ほどきを受け、20歳代にはニューヨークのナショナルアカデミーで学びました。南北戦争が始まると、北軍の従軍記者として戦地の様子をイラストレーションに描き、北部の新聞社に提供するようになりました。今でいえば、従軍カメラマンといった仕事です。30歳の頃パリに渡り、バルビゾン派の画風を吸収しながら、田園の風景を屋外で写生するスタイルを身に着けていきます。

ホーマーが水彩画を描くようになるのは37歳(1873)からです。すでに油彩画家としての名声を確立していた彼ですが、その頃アメリカ水彩画家協会が設立され、水彩画が人びとに広く受け入れられていくのを見て、その可能性にかけたのだといわれています。初期の作品は主にニューイングランドの自然を描いた風景画でした。


          

ホーマーは1881年から2年間イギリスノーサンバーランドの漁村カラーコーツに滞在して、漁村をモチーフにした水彩画を描き続けました。カラーコーツ作品といわれる150作からなる作品群です。上の絵はその一つ、「猟師の娘たち」(33×49cm)です
ホーマー前半期の代表作ともいうべきもので、自然の中にたくましく生きる人びとの姿が力強く描かれています。


          

カラーコーツ作品を特徴付けるのは、くっきりとした輪郭、省略による単純化、強い明暗対比といったもので、ホーマー以前の水彩画の伝統を踏まえたものです。顔料も最小限におさえられており、多くは、イェローオーカー、バーントシェンナ、ライトレッド、プラッシャンブルーのみで描かれています。


          

1885年、ホーマーはフロリダ、キューバへ旅行しますが、これが転機となって、彼の絵に大きな変化が生じます。カリブ海の明るい光が彼の絵に影響を及ぼしたのです。画面が全体に明るくなり、透明感が増しました。

上は「バミューダの浜」(1899、35×54cm)という絵です。単純な構図の中にダイナミックに描かれた自然は、後の時代のホッパーに大きな影響を与えました。

          
          

これもやはり、カリブ海の自然を描いたものです。カラーコーツ時代のものに比べ、画風の変化が読み取れます。


          

カリブ海で確立した手法を用いて、ホーマーはアディロンダックの自然を描き続けました。上は「ブルーボート」(1892,39×55cm)。明るい画面の中に、雄大な自然と人びとの姿が生き生きと描かれています。




ホーマーの作品の大きなテーマに野生動物があります。動物画は今日でもアメリカ水彩画のメインジャンルとなっていますが、ホーマーはその偉大な先駆者でもあるのです。





       


            東京を描く水彩画水彩画の巨匠たち

                        

ウィンズロー・ホーマーー水彩画の巨匠たち