チャールズ・ディーマスー水彩画の巨匠たち



Charles Demuth(1883-1935)


チャールズ・ディーマスの名は日本では余り知られていませんが、アメリカでは子どもにも広く知られているといいます。というのも、彼の1928年の油彩画作品 The Figure 5 in Gold は、アメリカン・ポップアートの嚆矢というべき記念碑的な作品に位置づけられているからです。

1920年代のアメリカは、第一次世界大戦で疲弊したヨーロッパ諸国を尻目に空前の好景気に沸き、社会は急速に近代化していました。そんな時代背景の中で、変貌する都会生活を題材にした美術運動が勃興します。Cubist Realism とかPrecisionism とか称されるこの流れは、ヨーロッパにおけるアヴァンギャルドのアメリカへの反映ともいわれますが、特殊アメリカ的ともいえる、独特なものでした。近代都市や産業施設など目前に現れてきた目新しいものを好んでモチーフに取り上げる姿勢は、アメリカならではの現象だったといえるからです。

チャールズ・ディーマスは、こうした流れを代表する画家として、20年代に精力的な活動をしました。それらの多くは油彩画作品ですが、かれはまた多くの水彩画をも残しています。

ディーマスは、少年時代の病気がもとで下半身に障害を被り、また持病の糖尿病のために行動が制限されたこともあって、ロートレックばりのディレッタントな生き方を通しました。また、同性愛者でもありましたが、こうした生き方が彼の水彩画作品の中に色濃く反映しており、色々な点で興味を抱かせる作家といえます。

チャールズ・ディーマスは、タバコ会社を経営する裕福な家の子として、アメリカのペンシルベニアに生まれました。このため、彼は生活の基盤を心配する必要が無く、生涯をディレッタントとして通すことができたのです。

1905年、ディーマスはペンシルベニア美術学校に入り、トーマス・エイキンスの弟子アンシュッツの指導を受けます。アメリカ伝統のリアリズム的な画風だったと思われます。しかし、1907年と1912-13年の2度にわたりパリに旅行し、そこで、セザンヌ、フォーヴィズム、表現主義の絵画に接して研鑽をつみました。パリではまた、アメリカ人画家ジョン・メアリンと出会い、交流しています。パリでの彼は、かつて貴族趣味を気取ったホイッスラーに倣い、ダンディな同性愛者として周囲に知られていたといいます。

初期の彼の絵は、メアリンの画風を連想させる風景画や、文学作品に題材をとった物語シリーズのような水彩画作品が多く、年をおって色彩が豊かになっています。

1921年、パリ旅行中に糖尿病の発作に襲われましたが、母親によってアメリカに連れ戻され、インスリン療法を受けて一命を取り留めます。これ以後彼は殆んど動き回ることができなくなりましたが、それでも時折ニューヨークにでかけて、アルフレッド・スティーグリッツやジョージア・オキーフらの芸術家と交流を続け、その刺激を受けながら、ポップアートにつながる作品群を生み出していきました。

晩年のディーマスは糖尿病の進行に苦しみ、ついに51歳にして死亡しました。


                

上の絵は1916年の作品「ジャズ・シンガー」です。
ディーマスは臀部の疾患のため杖をついていたので、ロートレックと同じように足繁く劇場を訪ねては、このような光景に題材を得ていました。構図や色使いに、従来のアメリカ絵画にみられなかったものがあります。同時代の画家エドワード・ホッパーホーマー以来のアメリカンリアリズムの延長上にあったのに対して、ディーマスにはヨーロッパ絵画の新しい風を感ずることができます。


           

1917年の作品「エイト・オクロック」
ディーマスは、ヘンリー・ジェームズやエミール・ゾラの文学作品に題材をとって、劇画風の連作を描くことが好きでした。この作品もそうした連作の一つです。この絵だけを見ていては、夫婦間の奇妙な関係が暗示されるだけで、趣旨がよくわかりませんが、連作の中の前後のシーンを見ることによって、全貌があらわになります。夫は実は同性愛者で、その恋人が早朝のシャワーを浴びているところを妻が発見して嘆き悲しむ様子が描かれているのです。ディーマスは自身が同性愛者であることを、公衆の前で隠しませんでした。


           

1917年の作品「木々と小屋」
ディーマスの代表作の一つ。風景を単純化し、抽象的に描いています。この絵にも同性愛のモチーフが盛り込まれています。中央で二股に分かれた枝は男の股間を暗示し、そこにペニスを思わせるものが食い込んでいます。


          

1924年の作品「ヒャクニチソウ」
静物画はディーマスの好きな分野の一つで、かれは多くの花の絵を描いています。それらは、単に対象を描写するのではなく、花の絵を通じて自らの感情を露出するというものです。このような制作態度は、後にジョージア・オキーフに影響を与えました。彼女は花びらに託して女性器を描いた、あの有名な連作に没頭したのでした。


          

1929年の作品「ポピー」
ディーマスの静物画の傑作とされる作品です。色彩の鮮やかさと透明感、フォルムの力強さがいかんなく発揮されています。




                 

東京を描く水彩画水彩画の巨匠たち